富士フイルム選手権2011年11月3日(木)4日(金)5日(土)開催コース:ザ・カントリークラブ 〒266-0004千葉県木更津市芽野七曲905
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今季シニアツアー最終戦「富士フイルム シニア チャンピオンシップ」の最終日は、大混戦から抜け出した英国のデービッド・J・ラッセルが通算11アンダーで日本シニアツアー初優勝を飾った。2打差の2位には金鍾徳が入り、初のシニア賞金王の座に就いた。前日の大会2日目に69をマークして、20位タイから首位と4打差の4位タイに浮上した中嶋常幸は逆転優勝を期したが、4打差を縮め切れず5位タイに終わった。大会ホストプロの青木功は精彩を欠き、63位タイにとどまった。

通算8アンダーで最終日を迎えた白浜育男。1打差の2位にはスポット参戦した欧州シニアツアーのデービッド・J・ラッセル、無シードで今大会は推薦出場の伏兵・萩原浩一が最終組でスタートした。その2組前の中嶋常幸は「ビッグスコアを出す」という前日の口約どおり、1、2番ホールでバーディー奪取。6アンダーにスコアを伸ばし、首位に2打差と早くも詰め寄った。
今季の皇潤クラシックで逆転優勝し、今大会では初日から首位を守り続けてきた白浜は、「伸ばさなきゃいけないところで伸ばせなかった」とパープレーが続く。萩原が1番で、ラッセルは2番ホールでバーディーを奪い、白浜を捕らえる。首位と2打差でスタートした金鍾徳も1番、6番ホールでバーディーを奪い、一時は通算8アンダーで4人が首位に並ぶ大混戦となった。
その後、金も萩原も8番ホールでボギーを叩き、一歩後退するとラッセルが9番ホールでさらにバーディーパットを決めて通算9アンダーとし、単独首位へと踊り出た。
ハーフターン後もラッセルは3バーディーを奪い、16番ホールをボギーとしたものの、2位の金に2打差をつけ、5バーディー・1ボギーの68・通算11アンダーでフィニッシュ。日本シニアツアー参戦4戦目で初優勝を飾った。
今季2勝目を狙った白浜はパープレーに終わり、通算8アンダーで冨永浩とともに3位タイ。中嶋常幸は6バーディー・3ボギーの69で首位と4打差の5位タイで今季最終戦を終えたのだった。大会ホストプロの青木功は通算15オーバー・64位タイ。「せっかく大勢のギャラリーが来てくれたのに滅茶苦茶なゴルフだった。来年に向けて一からやり直す」と自らに喝を入れていた。
今大会で今季シニアツアーの日程は終了し、獲得賞金3697万円の金鍾徳が初のシニアツアー賞金王に輝いた。この大会で優勝することが逆転賞金王奪取の条件だった室田淳は17位タイに終わり、賞金ランク2位となった。
また、賞金ランキング上位30位までの選手に与えられる来季シード権は、ラッセルが日本をホームツアーにせず優勝による2年シードを行使するため、同ランク31位の海老原清治までがシード権獲得となった。

大会前週の日本シニアオープンに出場し、母国イングランドには帰国せずに日本シニアツアー最終戦にスポット参戦したデービッド・J・ラッセル。日本でのプレーは今季2試合目だが、気心の知れた懐かしい友と今大会で再会できた。
「練習日に顔を見てびっくりしたよ。あれっ、ラッセルじゃないかってね。欧州シニアツアーに単独参戦していた時に、とっても世話になって、本当に有り難かった。気さくで、親切で、人柄の良さから欧州シニアツアーのチェアマンにもなっている。そんなラッセルは、いつも『今夜は食事しないか』って誘ってくれる。美味しい中華レストランによく連れて行ってもらったよ」。02年の欧州シニアツアー賞金王に輝いた経験を持つ海老原清治はラッセルとの再会を喜んだのだった。
「欧州でお世話になったお礼に日本では僕がご飯を奢ろうと思ったら、先客があるから大丈夫だって。たぶん、気を遣って体よく断ったんだと思う。そんなヤツなんだよね」。
ラッセルが初日に首位タイになり、2日目も2位につけた成績を知り、海老原はこう話した。「一緒にプレーしていた頃は、とにかく飛んだ。こんなに飛ばす選手は、日本ならジェット(尾崎)くらいだと思った。でも、飛ぶけど曲がる。隣のホールから2打目を打つことも少なくなかった。あの頃と比べたら、飛距離は落ちたものの、その分、方向性は安定したから好スコアをマークできているんだね、きっと」。
身長185センチ、体重102キロの巨漢。遠くからでもラッセルだとすぐにわかる。ドライバーを封印して、スプーンやアイアンでティーショットするホールも少なくないが、同組で一緒にラウンドする他の選手と飛距離はほとんど変わらない。ドライバーショットを曲げてラフに打ち込んでも、飛距離が出ているため、短いクラブでグリーンを狙っていける。初日67、2日目70、最終日68とし、通算11アンダー。スコアを見れば圧倒的な強さに思えるが、最終日の16番ホールのティーショット後、1年前に痛めた左膝の痛みが強まったという。 「残り3ホールをどう戦おうと思ったほどの痛みだった。それでも勝つことが出来て良かった。もしプレーオフになったらどうなったことか」 表彰式でウイナーズジャケットに袖を通したものの、少々小さく、窮屈そうだったが、左膝の痛みも忘れたような笑顔でギャラリーからの拍手に応えていた。